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藍鉄

Author:藍鉄
藍鉄と申します。
日本映画好きで、三池崇史監督好き。映画の感想等書いてます。
新選組、土方歳三さん好きで、史跡巡り等もしています。
歴史のあるものを感じると癒されるこの頃・・・。

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【土方歳三資料館】


【井上源三郎資料館】
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【新選組屯所 旧前川邸】
【土方歳三函館記念館】
【函館 五稜郭タワー】

【幕末維新ミュージアム 霊山歴史館】




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2010.12.16/ 00:30(Thu)
12月の10日から12日まで京都の旅に行って来ました♪

今回は簡単に訪れた所の紹介などを

1日目、午後1時過ぎに京都に到着。
紅葉シーズンはもう終わりなのに、すごい人~。
時間も余り無いし、行く所は限られるなと迷いつつ、北西?寄りの金閣寺と龍安寺に。

金閣寺


1番有名なショットからなんですけど、やっぱりここからが1番綺麗かも。
金閣寺の人の多さに驚き、龍安寺でちょっと回復しました。


龍安寺
龍安寺
龍安寺


お寺は写ってないんですけど・・・。
観光地パワーにちょっとびっくりして、次の日は予定を変更して、史跡巡りをする事に。


2日目。
光縁寺の前を通って(旧前川邸がまだ開いてなかったので)まずは壬生寺へ。
壬生塚にお参りしてから八木邸へ。
説明して下さる方それぞれにエピソードが違うので、どんな人に当たるかが大きいかな。
その後、旧前川邸へ。
土方さんの来年のカレンダーや、1点1点手づくりのブックカバーとかを買う♪
デザインや色で選んで、後で見たら、斉藤さんをイメージしたものだった

その後、二条城へ。

京都 2010.12.10~12 110


雨が降ったり止んだり。
初めて城内へ。大政奉還が上表された広間等、色々と感慨深く、広間ごとに違う襖絵や天井が美しかった。
当時なら一般の人間がとても入れる所ではないですもんね。
その場にいる事が出来て、少しでもその空気を感じれるのが嬉しかった!
中は凍える様な寒さでした。
当時はどうしてたんだろう?

二の丸御殿の敷地の隅の方にこんな釣鐘があり、なんだろ~と近付いてみる。

京都 2010.12.10~12 116


説明板によると、この釣鐘は幕末の政変の時期に、二条城と北側の所司代との連絡に使われていたそうです。
幕府の政務の場であった二条城と所司代は幕末の混乱の中、朝廷側との政争で緊迫しており、薩摩・長州など朝廷側の動向に備え、鳥羽伏見の開戦など非常時の連絡を告げ、住民にも知らせるため鳴らされたものだそうです。
こんな歴史を見ていた物が、片隅にひっそりと置かれているのに驚き~と、ちょっと、お疲れ様でしたと言いたい様な気分になりました。



お城を出てから、周辺石碑を巡る。
所司代の屋敷跡や奉行所跡碑、六角獄舎跡碑、新門辰五郎さん縁の来迎寺等に行く。

京都 2010.12.10~12 173

六角獄舎跡碑は建物の敷地内にあるので、外からはわかりにくく、前をウロウロ。



京都 2010.12.10~12 168

辰五郎さんは江戸の町火消しで、慶喜の入京に従って200名の子分を連れて上洛し二条城の警護をしたり、後に慶喜の身辺警護もされた方だそうで、この来迎寺を宿所とされていたそうです。
こおいう人もおられたんですね~。


京都 2010.12.10~12 178

所司代屋敷跡碑や奉行所跡碑等が二条城の周辺にあります。

この頃、結構雨足が強くなり、コンビニで傘を買って、差しながら写真を撮る(~_~;)
1度ホテルに帰ってから、夕刻、池田屋跡へ。
京都の友達と池田屋の中へ。
昼間は来た事があるんだけど、夜は初めて~。
土方さんカクテルの綺麗な青にメロメロ~(~_~;)
お隣のピンクのカクテルは「総司の涙」と言って、隊士の名前のついたカクテルの中では斉藤さんと並んで強めなんだそうです (~_~;)

ikedaya.jpg


三条大橋で刀疵を探したり、アイスを食べたり~で、12時近く?に京都駅でお別れしました。
楽しかったです~(#^.^#)
ホントにありがとう~

思ったより長くなったので、その2に続きます。 
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Genre: 旅行 Theme: 史跡巡り Category: 新選組と幕末の旅
2010.05.22/ 19:04(Sat)
石田寺を後にして、再び万願寺駅からモノレールとJRを乗り継いで、日野に向かいました。
こじんまりとした駅で、改札を出た所にスタンプラリーのコーナーが設置されており、スタンプを押してもらう。

チラシの地図を頼りに、先ずは日野宿本陣に向かいました。
初めての町でよくわからないまま、甲州街道と思われるものをテクテク。
八坂神社に通りかかり、天然理心流の奉納額が公開されるのは明日だけだったよなと思い、今日はスタンプだけ押してもらって、先に進みました。

チラシを持って歩いてる人と何人も擦れ違い、日野宿本陣に到着しました。

日野宿本陣

日野宿本陣は都内に現存する唯一の本陣で、日野宿の名主で、土方さんの義兄であり従兄弟だった佐藤彦五郎さんの邸宅跡です。
土方さんと近藤さんがおそらく出会った所だと言われてますよね

残念な事に、大正時代の大火で長屋門や佐藤道場は焼失してしまったそうなのですが、今の門横に道場跡の碑が建てられていて、今の駐車場の辺りに道場があったそうです。
ここに近藤さんや沖田総司が試衛館から出稽古に来てたんですね
彦五郎さんが熱心な天然理心流の門弟でなかったら、土方さんと近藤さんが出会う事も無かったかも知れないし、新選組は誕生してなかったかも知れないですもんね。

日野宿本陣


日野宿本陣


外は少し暑かったのですが、中に入るとヒンヤリとした落ち着いた空間。
式台から上がったすぐ続きの、土方さんがよく昼寝をしていたという部屋です。
(見学は奥の土間の部分から入ります)
土方さんも堂々とした所で昼寝をしてたんだな、と思ったり
畳は新しいけど、梁や天井や壁は当時のままなのかな、と。
寝転がってはないけど、ここで昼寝をすると、景色も見えるし風通しも良くて、気持ち良さそう。

日野宿本陣


土間から見て、1番奥まった所に感じるこの部屋が、函館から逃れて来た市村鉄之助が2年の間、匿われていたという部屋だそうです。
なんか、彦五郎さんの気持ちがわかる気がしたし、鉄之助くんはどんな思いで、ここで毎日過ごしてたのかな、と考えたりしてました。

日野宿本陣


建物は生活をしてた場と、お客を迎えた場合の間に別れている感じで、今の庭の部分にあったという明治天皇が休息した事もあるという上段の間と、それに続く間は有山家に移築されているそうです。
それでもなお、とても広いお屋敷で、近藤さん達が上洛してから暫くの間、経済的に支援をしてたというのも納得です。

室内はストロボや三脚を使わなければ、撮影も大丈夫だそうですが、私は殆どブレてて、余りUP出来る写真が無く、今回は写真少な目です

とても落ち着く空間で、色んな部屋で座ってまったりしてみたり(迷惑)庭に出てみたり、、、と思ったよりも長居をしてしまいました。
私にとって都会な東京の街中で、これだけの大きな江戸時代の本陣の建物が今もちゃんと残っているというのが凄いなと思いました。

拙い文で申し訳ありません
その3に続きます。 
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2010.05.20/ 22:56(Thu)
5月8日から10日と、土方さんの生まれ故郷である武州多摩(現・東京都日野市)に行って来ました~。
年に1度、土方さんの命日であるこの月に合わせて、土方さんの愛刀である和泉守兼定の刀身が公開されるのと、市村鉄之助くんが命を懸けて、函館から日野まで運んだ土方さんのあの写真を見る事が出来ると言うので、いつか、それはぜひ見てみたいと思っていたので、今回、それが叶う事が出来て、とても嬉しかったです。


朝7時に広島発の新幹線に乗って、東京に到着したのは11時過ぎでした。
そこからホテルを取ってる八王寺に移動して荷物を預けて、先ずは「土方歳三資料館」のある万願寺へモノレールで向かいました。
モノレールの高い位置から見てると、とても緑が多くて、多摩川に浅川と水の流れもあって、とても綺麗だな~と思いました。
歳さんのいた頃にはきっと、すごいのどかな、ホントに田舎の村だったんだと思います。

万願寺駅で降りて、歩く事数分、民家の並ぶ中に資料館はあります。
土方さんの子孫の方が自宅の一室を開放して、土方さんの遺品等を公開されています。
当日はスタンプラリーもやってて、門の前ではコーナーが出来てたり、その用紙を持って歩いてる人も多く見かけました。
(もちろん、私も押してもらいました)

土方歳三資料館


靴を脱いで上がる~という資料館は初めてで、なんか面白かった。
沢山の人がいましたが、多過ぎて見れないという事もなく、じっくりと見る事が出来ました。
中はそれ程広い空間ではないのですが、こじんまりとした中に、写真でしか見た事の無かった、歳さんが実際に身につけてたものや、直筆の手紙や発句集等、ゆかりのものが沢山展示されています。
写真ではわからない文字の墨の濃淡や筆遣いを実際に感じる事が出来たり、土方さんの兼定を見る事が出来て、粋で洒落者だったという土方さんがわかる様な鞘の色と鳳凰と牡丹の文様と、使い込まれて糸の擦り切れてる柄の部分と、対照的に変わらず鋭く光っている刀身の刀紋(と言うのかな?)の美しさと、思わず見とれてしまいました。

館内は撮影禁止なのですが、展示物等の絵葉書が売られていて、それで見る事が出来ます。
次はまたいつ来れるかわからないので、色んなものをしっかり目に焼き付けました。

建物の外には、土方さんが武士になる決意を込めて植えたという矢竹が、今も空に向かって、真っ直ぐに伸びていました。


資料館を後にして、次は土方さんのお墓のある石田寺に行こう~としたのですが、ちょっと方向を間違って、先に「とうかん森」に着きました。

とうかん森

森とは言っても、狭い空間に数本の大木が祠を囲む様に生茂ってるだけなのですが、元々、土方さんの生家はこの近くにあって、代々、土方家が氏神として守護して来たそうなのですが、土方さんが12歳だった頃に生家が多摩川の洪水で流されそうになり、先程の資料館の場所に建て直されたそうです。

案内板が建てられており、それを見ながら石田寺(せきでんじ)に到着しました。

石田寺

門を通って、土方さんのお墓はどこかな、と、、、周りは土方さんという名前のお墓が沢山あります。
と、先に土方さんの顕彰碑を見つけました。
樹齢400年以上というカヤの大木が近くにあり、きっと土方さんもこの木の傍で遊んだりしてたのかな、と思ったり。

石田寺

顕彰碑から振り向いた先に人影の動くのが見えて、あそこがそうなのかなと向かってみたら、歳進院殿誠山義豊大居士という土方さんの戒名の刻まれたお墓があり、お花が沢山供えられていました。

石田寺

先にいた人がいなくなるのを待って、誰もいないのをいい事に心の中で色々話しかけてみたり。
感じる事を伝えてみたり・・・。

写真を撮らせて下さいとお願いして、写真を撮らせてもらいました。

土方さんの亡くなったのは遠い地の函館で、ここはお参りする為の引墓になるのですが、生まれ育った場所にお墓があって、沢山の人がお参りに訪れていて、その想いがちゃんと届いていたら良いな、と願いました。

京都には土方さんのお墓が無かったので、やっとお参りする事が出来ました。


石田寺を後にして、近い高幡不動尊に行こうかと迷ったのですが、明日のパレードで行くしと、再びモノレールに乗って、日野方面に向かいました。
その2に続きます。
 
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2010.05.13/ 00:23(Thu)
資料館等の感想はまたゆっくり書くとして、取り敢えず先にと、パレードで撮った写真を色々並べてみました
画像が多くてスミマセン
皆似合ってたので、やっぱり載せておきたかったので

日野市観光協会のHPに当日の様子が詳しく紹介されていました~。


先ずは、こんなちびっこ隊士からパレードは始まりました。
周りから、可愛いー!の声が。

2010 ひの新選組まつり ちびっこ隊士


今年のミスター土方歳三!!
メチャメチャ、カッコ良かった!!
土方さんを重ね合わせて見たりしてました

2010 ひの新選組まつり 土方歳三

2010 ひの新選組まつり 土方歳三


右から、近藤さん、お琴さん、土方さん、市村鉄之助くんです。

2010 ひの新選組まつり


一番隊組長 沖田総司

2010 新選組まつり 沖田総司


二番隊組長 永倉新八

2010 ひの新選組まつり 永倉新八


三番隊組長 斎藤一

2010 ひの新選組まつり 斉藤一


四番隊組長 松原忠司

2010 ひの新選組まつり 松原忠司


五番隊組長 武田観柳斎

2010 ひの新選組まつり 武田観柳斎


六番隊組長 井上源三郎
2010 ひの新選組まつり 井上源三郎


七番隊組長 谷三十朗

2010 ひの新選組まつり 谷三十朗


八番隊組長 藤堂平助

2010 ひの新選組まつり 藤堂平助


九番隊組長 鈴木三樹三朗

2010 ひの新選組まつり 鈴木三樹三朗


十番隊組長 原田左之助

2010 ひの新選組まつり 原田左之助


近藤さんや土方さん、各隊の組長さん達は事前にコンテストで選ばれたそうで、立ってるだけでも絵になるし、雰囲気とか歩き方とか表情までそれぞれの隊士のイメージにちゃんと合ってるし、それがやっぱり13年の歴史があるだけあるなぁ!と思ったりしました。

他にも松平容保公や芹沢鴨や、良順先生や以蔵、龍馬におりょうさんや、総勢600人によるパレードだったそうです。

途中抜け出して、新選組のふるさと歴史館に行って、メイン会場の中央公園に行ってみると、ちょうど閉会式で、パフォーマンスコンテストの入賞発表等がされてる所でした。
最後に副長さんからの挨拶があって、あの土方さんはしゃべったらどんなんだろ~?!!と期待して見てたら、しゃべっても鬼の副長!!な感じで、見た目の爽やかな感じと違って、とても熱かった
皆を鼓舞して盛り上げて、最後は観客も含めて拳を上げての勝ち鬨で、とても盛り上がって終わりました。

こおいう祭りが身近にあるって、とても素敵な事だな!と思いました。
あの日の日野や石田の空気はきっと土方さんにも届いているに違いないと思います 
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2010.05.11/ 22:13(Tue)
昨日の夜に日野から戻って来ました。
新幹線で片道4時間、思ってたよりも近かったかな。
こおいう旅はやっぱり良いな~と思いました



今日5月11日は、1869年(明治2年)函館の一本木関門に於いて、土方さんが亡くなった日です。
誕生日が5月5日というのは、バラガキの歳さんらしくて、なんだか微笑ましい感じなんですけど、ホント、34歳になったばっかりだったんだな、と思ったりします。
そおいう特別な意味のある月に、土方さんの生まれ故郷である日野に行く事が出来て、本当に嬉しかったです。


日野はご子孫の方がされている資料館が多くて、直接案内をしていただけたりして、新選組や土方さん達が本当に愛されて、大事にされてるんだな~!というのを、とても感じました

残された人達が守り続けたのには大変な苦労があっただろうし、でもそのおかげで、今の私達が当時の事を知る事が出来るわけだし、ひとりひとり全ての人が色んな想いを抱えながら生きてたんだな、と、その胸の内を考えたりしていました。

佐藤彦五郎さんの資料館で頂いた説明書の中に、函館で土方さんが市村鉄之介に託したものの中に『われ、日野・佐藤に対し、なにひとつ恥ずるべきことなきゆえ、どうかご安心を。』という文があったのだそうで、なんか、それを読んで、胸がいっぱいになりました。
それを読んだ彦五郎さんも、一体どんな気持ちだったんだろうな。
きっと現代の人間には想像出来ない様な色んな想いや経験を当時の方達は皆されてたんだろうなと思います。


京都とかは新選組の誕生した土地だし、1番華やかだったと言われてる時代を過ごした町だという事と、やっぱり禁門の変や戊辰戦争が勃発した戦の地という想いが強い感じなのですが、そおいうのとはまた全然違う、暖かさのある所だと思いました。

そう考えると、他の会津や函館等のゆかりの地もそれぞれ、その場所その場所でしか感じられないものがきっと沢山あるんでしょうね。
もっと他の地にも行ってみたい!という気持ちに駆られました。


今回は貴重なものを沢山拝見する事が出来たし、新選組パレードも、もっと普通の時代まつりの様なものを想像してたのですが、全然違って、年に1度、全国から新選組の好きな人が集まってくる、熱くて、とても楽しいものでした
また来る事が出来たらなぁ!と思います。

レポも追々、書いて行けたらと思います。
どうもありがとうございました 
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